基本姿勢

国会議員を目指したきっかけ

国会議員を目指したきっかけ

私は29歳の時、当時勤めていた会社(キヤノン株式会社)を辞め、国連ボランティアとして、カンボジアでの国連平和維持活動に参加しました。

電気も水道もない山岳少数民族の村に住み込み、選挙を実施するための責任者として1年間を過ごしました。 その後、約10年間、モザンビークやボスニア・ヘルツェゴビナなど世界各国の紛争地域を対象に平和構築や民主化支援、また人々が貧困からの脱却をサポートする活動を行いました。

「弱い立場の人々、少数派の方々の意見を尊重できる社会をつくりたい」 「自然や文化の多様性を守ることを経済発展につなげられないだろうか?」

私が抱いた問題意識を解決するため、現場にこだわり活動を続けるとともに、平和構築や経済開発の研究者を目指し、働きながら大学院に通うとともに、著作や映像を通し「メッセージを伝える」ことにも力を注ぎました。

そんな時、首藤信彦前衆議院議員と出会い、政策秘書として国会に勤務。政治の役割の大きさを強く意識するようになりました。その後民主党の公募試験を受け、国会議員候補者になりました。

多くの国民は、政治家になるには、世襲であること、知名度があること、お金持ちであることが必須条件と思っているのではないでしょうか。私もそのひとりでした。 また、国会議員選挙に立候補するには億単位のお金を要求されるという話をよく聞いていたこともあり、当初は、国会議員を目指すなど考えたこともなく、政策秘書になった当初は「現場の問題意識を政治家に伝える」ことを目指していました。

そんな中、民主党の岡田克也氏の言葉は、衝撃的でした。

「民主党では候補者に求めるものはただひとつ。公(おおやけ)への貢献意識、そして、それを実現する専門性と経験があることです」

公に貢献する政治! それが、私の原点です。

そのために、税金の使い方、そして日本の政治風土を変えたいのです。自民党的な金権選挙は徹底的に変革します。また、一時的なポピュリズム(大衆迎合政治)も私の価値観とは相入れません。

公への貢献意識、そして実現したい政策や専門性があり、徹底して地域を、現場を歩く情熱とエネルギーがあればお金がなくても国政を目指せる。そんな社会を目指すために、自分が率先して新しい手法・スタイルを作りだす気概で活動しています。現場に、そして、弱い立場の人々のもとに徹底して自分自身が足を運び、対話する活動を議員になっても続けています。

私の政治姿勢
私の政治姿勢

「企業献金は受け取らない」 「政治資金パーティーはしない」

姿勢は政治を志してずっと貫いています。政治はみんなのためのもの。特定の団体から献金を受けることでしがらみをつくるわけにはいきません。

地域では「いつも小走り、人に会えばダッシュ」が私のスタイルです。 「普通の人の声が届く、温かいクリーンな政治」を実現するため、徹底して現場にこだわり、皆さんの声を聞く政治にこだわります。Economical(お金にはクリーンに) Eco-Friendl(環境にやさしく)、そしてInter-Active(対話型)の活動が私のスタイルです。三重4区においても、自転車で、そして私自身の足で地域を駆け回ります。

私が目指す社会
私が目指す社会

私には、国会議員として実現に寄与したいと考えるテーマがあります。

「世界の紛争解決、そして民主化に貢献する」
「日本をエネルギーや環境、少子高齢化などの問題を先駆けて解決する課題解決モデル国家にする」

最初の目標は私自身が20年以上取り組んできたテーマであり、二期務めた衆議院議員として、カンボジアやミャンマーの民主化支援に取り組みました。

私が目指す社会

二つ目の目標は、今、多くの国で市民社会が、そして政治が真剣に取り組んでいるテーマです。

2012年、ブータンのワンチュク国王夫妻が来日され、マクロ経済の大きさではなく、国民ひとりひとりの幸福度の大きさを目指す国造りについて国会で演説をされました。この考えは、日本が目指すべき未来の姿も示していると思います。私たちの日本はさらに一歩進んだ国家の在り方として、世界が抱える様々な問題解決に率先して取り組み、その解決モデルを提供することで、幸福を生み出す制度やシステムを輸出する国家を目指すべきです。

今、一部の人だけがますます豊かになり格差の拡大が進む不公平な社会を変えるべく、米国をはじめ世界各国の市民社会が、不公平を生み出す構造自体を変えるべく立ち上がり、力を合わせています。彼らと連携を進めながら、日本こそが率先して新しい社会、経済モデルを構築できるよう国会で問題提起を続けるのが、今後の私のテーマです。

目標を実現するため、私は全力で走ります。皆さん、是非応援してください。